ソマリ人の元船員で白人女性ローラと結婚してウェールズの首都ガーディフの港町タイガー・ベイに住み着いた28歳の黒人男性マハムード・フセイン・マタンが、1952年3月6日夜にユダヤ人商店主ヴァイオレット・ヴォラッキが殺害された事件の犯人と疑われた事件を描いた小説。
マハムードの半生が、船員時代の前向きで活動的な様子と、船員を辞めてイギリスに定住した後の失業と賭博に浸る日々で対照的に描かれています。ページの大部分が、イギリスに来る前は問題なく生きてこられたのにイギリスに来て偏見を持たれ底辺に押し込まれたということを示すのに使われている印象です。
訳者あとがき(371ページ)で、この小説は実話をもとに構成されていると明かされ、驚きます。254ページから290ページまでの公判シーンは裁判記録をそのまま書き写しているそうだ(373ページ)とのことです。確かに、とんちんかんな問答も含めたこの尋問を独自に創作するのは難しいでしょう。私には、この部分が一番読みやすかったのですが…
被害者の妹と姪が、事件直前に殺人事件現場である商店を訪ねて来た黒人男性はマハムードではないと証言したにもかかわらず、マハムードが有罪とされた原因は、マハムードが事件当日の行動について嘘を言っていたことにあると思われます。犯人だから嘘をついているのだろうとか、嘘つきは他のことも嘘をついているのだろうと考えられがちです。しかし、刑事裁判でもそういう考えでいいのでしょうか。1983年に司法研修所に入ってすぐ、私は刑事裁判教官が、「不合理な弁解」を有罪心証の理由や検討項目に挙げたことに慄然としました。不合理な主張が採用されないのは当然として、それはゼロではなくマイナスに、有罪認定の積極要素になるというのです。私は、それはおかしいと反発したのですが、熟練した刑事裁判官にもそのような考え・感覚が浸透しているのです。裁判での事実認定とその際の姿勢、考え方について改めて考えさせられました。
原題 : The Fortune Men
ナディーファ・モハメッド 訳:粟飯原文子
早川書房 2025年7月25日発行(原書は2021年)
